2006年10月15日

百頭女

マックス・エルンスト/訳:巌谷 国士
河出書房新社 (1992)
★★★★★★☆



文献として。
個人的にエルンストは大好きだし、
タイトルのヤバさもあっていつかは読みたかった本。
おもしろい。これ欲しー。文庫版買おうかしら。
コラージュ集なんだけど一応は小説(だよね?)。
通して読むと筋らしきものがある。

澁澤龍彦が言っていたように、
シュルレアリスムというのは
世界の創造ではなく錬金術なんですねえ。
引用と焼き直し。
その辺がよーくわかる。
もちろん、ひとつの世界観を創造してはいるんだけれども、
それは創造というよりも発見に近いかもしれない。

先日、竹橋の近代美術館でやってた
モダン・パラダイス展を観に行ったんだけども。
もう…というかずっと前から
「日の下に新しきものはなし」なのかもしれない。
モダニズムというのが「新しいこと」に価値を置き、
ひたすら差異化を目指して進んで来たんだとするならば。
それにも関わらず、
新しいものなんて既に存在しないとするならば。
結局、今の私たちに出来ることは錬金術だけかもしれない。
(金がつくれるかどうかすら怪しい錬金術だけど)

エルンストが行き着いたコラージュという手法は、
そういう意味で、モダニズムに対する一つの回答なのかもなあ。


…とかいいつつも。
そんな難しいことを考えずとも面白い本です。
正直、笑っちゃう場面多数。軽いギャグマンガです。
(しかし笑いってものも一種のディペンズマンだとすると?)
個人的には、出だしの処女懐胎あたりが好きです。
失敗し過ぎ(笑)。
手元に置いておきたい本です。
posted by ヤブネコ at 12:51| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

江戸

頭の中があっち行ったりこっち行ったり。
今は江戸。
無難にというか何というか、広重でもやるかと思ってね。
名所絵をごっそり借りて来たりね。
したんだけどね。
何かこう。あれだ。
私の欠点(美点にもなりうるのかも知らんが当座は欠点)全開。
一カ所気になると次に進めません。

名所絵は余りに範囲が広すぎるので、
絵暦に乗り換えようかな…なんて(弱気)。

名所絵について考えるに、
江戸の文化全体が気になって仕方ない。
つまり…つまりさ。
名所絵の需要があるってことは、
日本の名所ってのが約束事として暗黙の了解になってるのよね?
それってどーやって広がったの?
江戸時代の江戸と地域の格差ってどれくらい?
よく「地方の人が江戸みやげとして…」とか書いてるけど、
地方の人がどんだけ江戸に来てたのさ?
さ……参勤交代?
伊勢参りや金比羅参りが盛んだったように、
この時代の人の移動ってどの程度?どのように?何のために?
情報の移動は?
逆に言えばどの程度規制されてたの?
士農工商って生活の実感としてどうだったの?
どの程度の経済事情だったの?
えーと、つまり……都市って何?
浮世絵がメディアとしてあったということは、
それを受け入れる基盤として民衆がいたわけで。
うーーんと、だから?
江戸ってなに?

……って、範囲広すぎっ!
つーか絡まり過ぎ。

あー…。
名所絵、パス。
永遠に終わらんわ。

範囲をぐぐっと狭めて。
絵暦で。
つーか、ということは文献探し直し?
中目黒……図書館が小さすぎです。
都立大まで行くかなー。
めんどー。
とりあえず昼ご飯。芋粥つくろ。
posted by ヤブネコ at 12:17| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

真夜中の……

わたし寝ようとしてたんです。
でもね、出たんですよ。
やつが。Gが出たんです。

……。
えーーと。
私さあ、虫という虫が全般的に苦手でさあ。
虫差別っていうの?
そーいうのする気ないわけ。
チョウチョだろうとてんとう虫だろうと、
ナナフシだろうとカマドウマだろうとカブトムシだろうと。
ましてやGであろうと。
等しく嫌いなわけです。平等に。
奴らが悪いわけじゃないんです。
私の勝手な心情なんです。
でも、申し訳ないのですが、
お姿拝見しただけで涙が出そうになるんです。

てことで。
ダイドコロにGがいっぴき。黒々と。
もうこっちは寝る準備万全ですよ。
なのに、台所の流しの下のマットの上にいらっしゃるんだもの。
見間違えかと思うじゃない。
ていうか見なかったことにしたい。
でも、それはそれで安眠できない。
あーー…退治するしかないのか。

ウチに殺虫剤はない。
スリッパは洗濯中(叩く気もないが)。
だもんで、掃除機で吸ってみたり、
バケツかぶせようとしてみたり、
もう膝がガクガク笑いながら、
顔は半泣きでぎゃーぎゃー言いながら、
わたし戦ったですよ。ええ。
なんとか敵を外に誘導したい。
とりあえず、台所においてあったものを全部どける。
ついでに玄関の靴も全部どける。

困ったなあ、でも上手く外に出せるかなあ、
と気持ちがたるみかけた、そのとき!
Gが壁を登りはじめた!!
ぎゃー!!!!
それだけはヤメテーー!飛ばないでーー!
調理台とかに上がらないでーー!

願いが通じたのか、敵は上手い具合に窓枠に移動。
おろ?あんた窓から出る気?
ひょっとしてイイやつ?
とりあえずGを閉じ込めねば!と思い、
段ボールで窓を塞いではみたんだけどねー…。
あのぅ…、窓は閉まってんですよ。
しかもこう、手前に網戸を引いて開けて、
窓本体は押して開けるタイプの小さい窓。
にっちもさっちもいかない、とはこのこと?
段ボールで窓を押さえている限りGを閉じ込めておける。
けど、段ボールがある限り窓は開かない。
こーいうとき人手があったら、
例えば段ボールをガムテープで固定するとかさ。
出来るかも知んないのに。
(固定してどーするかは謎)
一人暮らしって厭だなあ…と思いつつ、Gも私も完全に停止。

結局…けっきょく、段ボールを放り出しましたよ。
だって朝まで段ボール押さえてられないもん。
(朝まで押さえてたって何も解決しないし…)
で、目標を見失う。最悪の事態だ…。

でもまあ、モノがあるとどこに隠れられるか分かんないし?
一通り台所を片付けはじめたわけですよ。
したら、イターーー!
玄関の沓脱ぎにいやがった!
そのまま出てけ!今すぐ出てけ!
段ボールでGの退路を塞ぎつつ、玄関のドアを開けた!!
………!
いやあー、ナイス。
G、ナイス。
Gが外に出てったのを確認、施錠。
万が一を考えて、予め玄関の鍵を開けておいた私ナイス。
こうして真夜中の決闘は幕を下ろしました。

やっぱ今日、窓という窓を開け放って、
掃除してたのがマズかったのかな…。
(うちが発生源だとは思いたくない…)
もう3時過ぎたよ。1時間以上戦ってたのか…。
…あー、まーいいや…。
これで寝れます。
おやすみなさい。
posted by ヤブネコ at 03:19| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

ホテル・ルワンダ

監督:テリー・ジョージ
イギリス/イタリア/南アフリカ(2004)
★★★★★★☆



いい作品でした。
なんというか、こういう映画は賛否両論だし、
日本公開のための署名活動が起きたり何だりで、
我ながら自分の立ち位置を定めづらいもんですね。
作品としては、
息もつかせず一気に観させる上手い映画でした。
音楽も耳に残ります。

さて、内容というか感想いきましょか。
えーと、怖い。
虐殺が始ってからも怖いんだけども、
始るまでが怖くてしかたなかったです。
ぴりぴりした不穏な空気が怖すぎる。
暴力が怖いったらない。

相当追いつめられてからも、
ポールがネクタイを締め続けるのが印象的でした。
『蠅の王』で理性を失っていく子どもたちが、
体に泥や血を塗りたくったりするのに反し、
主人公は最後まで清潔な服を保とうとしていたっけなあ。
ネクタイやアイロンのかかった白いシャツは、
理性の象徴に思えます。
ちょっと穿った深読みをするならば、
そのネクタイでアフリカを牛耳った西の国々が
この内乱の大きな原因を占めているわけなんだけどさー。
だからポールがネクタイに血痕を見つけた時は、
二重の意味で痛々しかった。

この虐殺までルワンダに武器を売りつづけたのはフランス。
(この映画の舞台になったホテルも
 フランス系という設定らしい)
元はただの階級差だったツチとフツを固定化し、
代理戦争をやったのはベルギーとドイツ。
じゃあ、西欧諸国だけが悪いのかって言えば
そうでもないだろうし、
アフリカだから起きたのかと言えば
そうでもないだろうし、
人間なんてこんなものさというのも違うと思うし。

ポールは英雄でもなんでもなく、
ただ仕事上、成り行き上、
物事に巻き込まれていく様がリアルでした。
現実では誰だって準備のないまま、
否応なく事件に関わらざるを得なくなるものだものね。
この監督は北アイルランド内戦を経験してる人らしいです。
人の命を救う人も奪う人も隣人であるというのが、
怖くもあり救いでもあるんだろうか。

いい映画でした。
おすすめです。
posted by ヤブネコ at 14:11| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする