2005年04月17日

ゴッホ展 孤高の画家の原風景

ゴッホ展 孤高の画家の原風景
東京国立近代美術館/2005年3月23日〜5月22日
★★★★☆☆☆

一時間待ちだった…。つかれた…。

なんといっても人だかりがすごくって、絵を観に行ったのだか人の後ろ頭観に行ったのだか分かんないくらいだった。
土曜日にこんなデカイ企画展に行くあたしが悪いのだが。
入場まで一時間待ち。
中も人だらけ。絵の全体を見るなんてことが叶わぬ状況でした。ああ勿体ない。
とくに有名どころはね…。糸杉とか、花魁とか、種蒔く人はね…。

作品数は約30点ということで。うーん、物足りない感は否めないかなあ。こんなもんかな。
年代ごとに5パートに分けて展示。ゴッホ以外にもミレーやゴーギャン、シニャックもちらほら。

晩年の風景画が好きだな。あと糸杉と。
夕暮れの景色がいちばんよかったなあ。
見ててつらいんだけどさ。しんどい人だなあ、というか。
ああいう風に描くしかなかったんだろうなあ。
どんどん荒く太く歪んでいく線で描いていく過程が痛々しくもある。
ああいうフォルムで対象を把握してしまう目と言うか…認識が、やるせない感じがして。
そうだな、世界の捉え方がさ。ああ捕らえざるを得ない、絵描き自身が。
だからって冷静じゃないわけではないんだけど。
冷静であるのと穏やかであるのは別だよね。
なにが彼にそういう線をひかせるのか?ああいう絵を描かせるのか?

画家だけじゃないけどさあ。個性ってのは。
格好とかミテクレじゃなくて、ほんとに、もうその人にとってそうするより他ない、っていうスタイルのことなんだなあ。
描けるものは描けるし描けないものは描けないんだよ。あったり前だけど。
ゴッホには、ああいう筆の置き方、ああいう対象の選び方、ああいう色の使い方、ああいう世界の捉え方しかできないんだよな。そうしないわけにはいかなかったんだろうな。
まっ、こういう画家に対する考え方は近代以降の話なのかもしれないね。
絵描きが職人であった時代には、あまり問題にならないかもね。

生きてる間はたった1枚しか絵の売れなかったゴッホなのにな。
いまやこんな極東の島国で、どれだけの金を動かしてるのやら。一日どれくらい入場してるかな。
絵の価値って何だろうね。
まあ絵描きにとってはさ。どーでもいいことかもしれないけどね。
すくなくとも死人にとっては。どーでもいいよなあ。

この企画展と同時に、常設展…というか近代美術館所蔵作品の展示もしてました。
なんかオマケみたいな扱いだったけど。客も入ってないしよー(笑)。
行列で1時間ばかりまたされたおかげで、閉館時間が迫り、こっちもゆっくり見れなかった。
近代日本の美術、ってことで、超!好み!!
ああーーーもっとゆっくり観たかったああ。勿体ないぃ。
古賀春江の「海」が!北脇昇の「独活」が!松本竣介が!岸田劉生が!なぜかクレーまで!あったのに〜。
あああああー。観たかったーもっと観たかったー。
なんだか美術の教科書の作品を一同に、って感じだったけど(笑)。
(いやまじで。8割くらいは教科書に載ってる作品だ。だからイイとは限らんけど…)
単純に好みの絵がとてもとても多かったので。
もう一回、これだけ観に行きたいかなと。
思います。

あー。もったいない。
これから行こうって方は、是非、午前中からいくことを強く強く勧めます。
ちなみに美術館併設のレストラン、アクアも異常な混みっぷり。
一時間以上またされます。
ご飯はよそで召し上がることを、これまた強くお勧めいたします。
まあ、美味しいけどさ。そこそこ高いしな…。

東京ってすげえなあ、と。いろいろ感心した展覧会ではありました。
posted by ヤブネコ at 21:31| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術、デザイン、お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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