毎日毎日僕らは鉄板の…という暮らしをしていると、なかなか思い出さないことなんだが。
世界はひとつだ。
とたまに思う。
いきなり何事だという(笑)。あれだけど。
今晩はクサい!クサいことを書く予感がひしひしとする(笑)。
おもうのです。
私はまあ自分で選んだり回りに流されたりしつつ、東京で暮らしているわけなんだけど。
今まで行ったいろんな場所を思い浮かべるだけで、やたら感動できたりするんだな。
実際行ってなくても、本の中の風景でも、映画の場面でもそうだけどさ…。
景色だけじゃなくて人もなんだけどさあ。
例えば、今この時にも、だな。
きっとインド洋では湿った風が吹き、遠くで雷が雲間に光っているのが見えるのだよ。
おそろしく透明度の高いパレスチナの海には、とげとげのウニが沈んでいるのだよ。
エリトリアはまた砂嵐かもしれない。
イタリアのカフェにはピシリと味の締まったエスプレッソとチーズパイ。
ケニアの赤い道は相変わらずからからで、雲の影がきっぱりと落ちているんだろう。
ロンドンの木製のエスカレーターはのろのろ進み、
アカプルコではスコールが降っているに違いない。
そういうことを考えるのが好きだ。
いま、たった今の話だよ。どこかでクジラもいるかも泳いでるんだよ。
家を出てまっすぐ歩いて歩いて海に着いて船に乗ればクジラが泳いでいるんだよ(笑)。
いやまじで。クジラは現実に今どこかで泳いでいる。という事実なのだよ。
そういうことを、肌身を持って感じられるか否かって、大きな違いだと思う。
うん。
反面…、というわけじゃないけれど。でも、それを感じたならば、当然逆も感じるのだよ。
世界が壊れていく様子もさあ。
環境教育って何だ、とか色々言われているけれど。
私が思うに、たぶん今ここに生きてることに気付くことじゃなかろうか。
東京湾もアドリア海もつながってることを自覚することじゃなかろうか。
それは素晴らしいことだし、同時に、危機感を抱くことでもある。
環境教育だけじゃないだろうな。教育ってそういうことなんじゃないのかな。
要は関係性を自覚することなんだな…。問題は目を覚ますことだ。
話がそれてしまった。
要するに、世界は一つ(笑)。
でもって、せかいだけじゃなく、たった今も好きな人たちが生きていることがありがたかったりする。
そういうことだ。
日々、こんな気分でいられれば良いのだが。
そういうわけにもいかないのが情けない。弱ったらしくへたれていたりする。
でも今日は少しケニアを思い出し、ちょっと幸せでした。
ケニアでそんな良い目にあった覚えはないんだけどな(笑)。むしろ腐ってたのにな。
人間、のど元過ぎれば良いことしか憶えてないのかな?
ケニアの太陽も日本の太陽もおんなじ。
にんげんてちっこいね。
2005年06月14日
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